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音楽教室と著作権料

音楽教室と著作権料

 JASRACと音楽教室事業者(音楽教室を守る会)との裁判について、最高裁が上告を棄却したというニュースがあったので、今日はこのお話。

 音楽教室訴訟に決着「生徒演奏に著作権料不要」 JASRAC「主張が認められず残念」(Impress Watch 2022/10/25記事より引用)

 ことの発端は、2017年にJASRACが音楽教室から音楽著作権料の徴収を始めると発表したことによります。

 これに対し、音楽教室事業者らは反発。裁判までもつれ込んで、やっと決着がついたというお話。

 ここで、「音楽教室は著作権料を『一切』支払っていなかったのか?」と思われるかもしれませんが、これは誤解。

 今回の問題は、著作権の特徴的な性質が、利害として大きくクローズアップされた例であり、セミナーをやっていると非常に説明しやすい例として重宝しています。個人的な見解は別にして。。。

 

 

 著作権は、実は、音楽(著作物)の利用する行為ごとに権利が発生しています。つまり、著作権は、行為ごとに認められた権利の集合になっているのです。

 著作権は、例えば、他人の音楽を演奏する権利である「演奏権」音楽の楽譜をコピーする権利である「複製権」といった具合に、著作権という制度は、複数の権利があり、そのそれぞれの権利を使いたいのであれば、著作権者にそれぞれ許諾を受けなければなりません。めんどくさいと思いますよね。でも、法律上はそうなっているのです。

 

 具体的には、子供を音楽教室に入れるとき、練習する楽曲が印刷された「教本」を買いますよね。「印刷」ですので複製されている、ということです。

 実はこのとき、音楽教室は買ってもらった「教本」に記載された楽譜について、「複製権」の許諾を作曲者から貰っているため、まともな音楽教室は、作曲者にこの分の著作権料を(JASRAC経由で)支払っています。

 

 ただ、音楽教室で買った楽譜を見るだけでは上達しないので、当然、先生からのレッスンを受けるために、先生の前で弾きますよね。これが子供の演奏であり「演奏権」の無断使用になっていたということ(JARACの主張①)です。

 また、先生もお手本を示すために生徒の前で演奏しますので、これも「演奏権」の無断使用であったということ(JASRACの主張②)です。

 第一審の東京地裁では、JASRACの主張をすべて認め、子供の演奏も、先生の演奏も、無断使用であるため、演奏権についての料金を支払うべき、と判断しました。

 一方で、控訴審である知財高裁では、上記JASRACの主張①はないだろうということでJASRACの主張②を認め、「先生の分の演奏は演奏権料の支払いをしなさい」ということとなり、最高裁でもそのように判断した、ということになります。

 

 この結果、どうなるかというと、今までは、”例えば” レッスンの教本が1000円で、著作権料(複製権)が3%だった場合、30円をJASRACに支払うだけでよかったのですが、

 今回、演奏権が認められたことにより、”例えば”毎月8000円のレッスン料にも、著作権料が発生するようになるため、支払いが発生することになる、ということです。

 2017年の段階では、生徒の演奏権分と先生の演奏分で2.5%と主張しているようでしたので、先生分のみ支払うということになれば、仮に半分程度の1%としても、毎月80円(年間960円)の著作権料が発生することになります。

 この額の差は非常に大きいですね。これが、JARACと音楽教室側とで争いになった原因です。

 

 この結論に基づいて、今後JARACと音楽教室との間で取り交わされる戦略は下記の通りかと考えてみます(あくまで個人的な感想です)。

 ①JARAC側

 著作権料率を可能な限り当初の主張の2.5%に近づける(裁判における主張に矛盾しない範囲で)。

 たとえば、先生の演奏のウェイトがいかに大きかったのかを強く主張することで割合を大きくすることが考えられます。

 

 ②音楽教室側

 著作権料を可能な限り低くできるよう、JASRAC管理楽曲を外す。例えば、著作権の切れたクラシックの曲だけにしたり、JASRACに管理を委託された楽曲を除外する。

 あと細かな点はいくつかあるのですが、複雑になりすぎるので省略。

 

 ただ、いえることは、レッスン料の値上げをしないのであれば、それは先生と音楽教室の減収に反映される(400万円程度の収入であれば、1%~2%とすると4万円~8万円程度の減収)ことになるため、レッスン料の値上げを考えざるを得ないのは確実だろうな、ということですし、教本に掲載される楽曲の選択も大きく練り直される可能性がある、ということです。

 

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